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ひとりごと備忘録

お察しください

あとから振り返ってこれで良かったなんて

某都内のガードレール下で電話をかけようと、ふと思い立ったのは選考を終えてからのことである。

 

今回もいまいちうまくいかなかった。

「ありがとうございました」と見送られ、下降し戻る鉄の箱の中で「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」とまた後悔の念に駆られる。以前もこんなことがあったのになあ。いざ発言するときに、10つの目玉がこっちを凝視して首をカクカク動かすのがとってもコワイと感じてしまった。

人前で注目を浴びるのが好きだった、幼稚園児のころの私はどこに隠れてしまったのだろうか。

 

失敗したくない念が強すぎて、自分の意見を押し込めてしまっては伝わらないし、私一人が納得したところでそれを世に出せるかといったらそうでもない。

だからと言って思いつきで喋ってはいけない。論理立てて話すのは好きであるはずなのだけれど、どうにも真価を発揮でできていない気がする。型にはめようとするとボロボロ崩れていく。かといって暗記はしたくない。練習あるのみなのだろう。

 

答えはわかっている。わかっていてやらなかったのだから、それは自己責任なのだ。

 

むしゃくしゃして母に電話をかけた。

しばらくたわいもないをしてから、だらだらを文句を垂れる私の話を聞いてくれていたが、途中で飽き飽きしたように「もうお風呂入るから」と切られてしまった。昔は母の愚痴ペラペラに辟易していたのは私であったはずなのに、現在はどうであろう。立場が逆転である。母もそう気づいてくれたのならこれ幸い。

マイナスの感情をぶつける方はスッキリしても、ぶつけられる方になってみると誰しもたまったものではないのである。

 

十分に反省し、しかし落ち込んだこの気持ちを吹き飛ばしたかったため、祖母に今度帰ると電話をかけた。

6コールしたくらいで、開口一番「あらあ!」と明るい声。

久しぶりと声を返すと「久しぶりねえ忙しいんでしょう手紙でも書こうと思っていたのだけれどねえアッハッハ」と、矢継ぎに軽快に電話口から聞こえてきた。声だけで、直接会っていないはずなのに、家に迎え入れられたのと同じ空気感がぶわっと目の前に広がった。

 

話は用件を伝えて、お互いの近況報告をしあった。

山菜が採れるらしくその天ぷらをたらふく食べることと、いとこも来るようなのでみんなで話をしようと言ってくれた。一気にモチベーションがはなまる急上昇である。

 

「あなたは?」とターンを振られた。進捗状況を伝え、母にしたみたいに愚痴は吐かなかったが、最後に思わずぽつりと「つらい」と口が動いた。しまった、そう思い黙りこけたとき、祖母は「4月も、もう終わってしまうね」と返してきた。

話題を変えてくれたのだと思い、同意すると、「80年の人生でも振り返ると短く感じる」「今を大事にね」と優しい音色で、懐かしむように紡いだ。それだけだったが、私のこころには深く、深く刻まれた。

 

その言葉はまるで彼女自身にも投げかけているように感じられた。

 

 

私は電話を切ったあと少しだけ泣くことになる。

きっとのち晴れ。であってくれと願いながら泣いた。